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歌うマクロス!! 早瀬未沙アイドルになる?(設定:劇場版準拠)

 

統合宇宙軍大尉・早瀬未沙は、当直士官室の椅子に腰を下ろして深い溜め息をついた。

 

(また声を荒げて怒ってしまった……)

 

早瀬は自分の行動を後悔していた。

 

そうなってしまったのにはもちろん理由がある。マクロス航空隊スカル小隊所属の一条輝少尉が軽率な行動をとったことが原因だった。

 

(それにしてもよりにもよって、アイドルのミンメイさんとあんなことになるなんて……)

 

ことの始まりは「敵勢力」が市街地に侵入してきたことである。一条少尉は敵との戦闘の過程でリン・ミンメイを保護。やむを得ない理由で孤立し一ヶ月ほど一緒に生活した。

 

そこまではわかるが、何もあそこまで親密にならなくても。

 

おかげでマスコミ対策が大変だった。とくにミンメイのマネージャーとかいう男は、艦長室まで乗り込んできて抗議するといった具合で、その後始末にはほとほと疲れてしまった。

 

本来であればこのような役目は、艦長の補佐的な役割を担うクローディア・ラサール中尉がはたすべきであるが、今回は何故か早瀬が担当することになった。どうやら指揮官としての経験をつけさせようと艦長がそうしたらしい。

 

しかしそれは失敗した。

 

ミンメイとの件で口頭で注意しているときに、早瀬をバカにするような態度を取った一条に対してついカッとなってしまった。

 

人生経験のなさゆえであった。

 

落ち着いて考えてみると一条の行動には同情する点もある。

 

また早瀬を軽んじるような態度の理由もわかる。一条は戦闘部隊、早瀬は管制部隊であり正面から敵に対応するのはいうまでもなく一条である。そういう経験からすると早瀬は実情を知らないお嬢さん…… いや「おばさん」ということになる。

 

戦闘経験のない早瀬は、悔しいが口頭で厳しく指導するしかその方法はなかった。

 

やって見せて、言って聞かせて、やらせて見て、ほめてやらねば、人は動かず。

 

日本のある将校が行った言葉である。

 

「ほめて人を動かす」いうは簡単だが、行うは難しだ。

 

戦闘行動中であるマクロスにあって「ほめる」というのは難しい。時間がないのだ。結局は口で咎め立てすることしかできない。

 

このような場合、通常の軍では歴戦の下士官が問題のある兵士を教育する。いわゆる先任というやつだ。おふくろ、女房役などと言われる隊員は、部隊長と協力し隊の掌握に当たる。

 

本艦にはなぜか下士官がいない。少なくてもブリッジにはいない。末端のオペレーターが尉官以上というのはどういうことだろうか。統合軍は人手不足なのではないか。

 

つまりそのような役目を果たすのはわたししかいない。

 

早瀬は自分にそう言い聞かせた。

 

壁についている時計にふと目をやると、すでに午後8時を回っていた。

 

当直勤務についている将兵は、24時間ブリッジ付近で待機することになっている。

 

当直士官として指定されているのは、艦長たるグローバル准将、クローディア・ラサール中尉、そして早瀬大尉の3人である。交代で任務に当たる。

 

そういえば当直士官の資格がある佐官クラスの隊員ががこの艦にいないな。あと航空隊司令という立場の者もいない。飛行小隊は複数あるようだが、それを指揮・統括しているのはだれだろうか? 

艦長はあくまで戦略的視点で命令を出すが、航空隊司令はそれよりも細かい「戦術レベル」での命令を出す。

艦長は戦闘開始の「ゴー」という命令を出し、航空隊司令はその「ゴー」という命令を具体的に実行に移すための作戦を立案し、その推移を見守りながら、適時作戦を変更しつつ任務を達成に導くのだ。

 

早瀬はそれらがどう行われているのか疑問に思った。

 

それはともかく、当直と言ってももちろんずっと起きているわけではなく、仮眠をとる。

 

「睡眠不足は判断力の低下につながる」

 

衛生部隊からの通達でそれは徹底的に叩き込まれる。忙しいからと言って起き続けていても疲れのせいでよい仕事ができない。また寝不足は事故にもつながりやすい。

 

軍人としては寝不足というのは極力避けねばならない。

 

早瀬は、明日の艦の行動予定を端末で調べそれを頭に入れた。

 

仮眠のための居住区に行こうと席を立ち当直士官室を出た早瀬はグローバル艦長と鉢合わせになった。

 

早瀬は驚いて尋ねた。

 

「何か御用ですか? 用事があればこちらから出向きましたのに」

 

そういうと、ちょっと顔を曇らせ艦長はこう言った。

 

「あいつがきてるんだよ」

 

「あいつ?」

 

「カイフンとかいうやつだよ」

 

あぁ、ミンメイのマネージャーか。

 

早瀬は、あの人と面影をいくらか重ねて思い起こした。

 

「あいつが話があるってわたしを訪ねてきたんだよ」

 

艦長は困ったようにそう言った。

 

「それでなんでわざわざこちらにきたんですか?」

 

わたしはあいつが苦手なんだよ」

 

たしかに、あの調子でまくしたてられれば逃げたくもなるだろう。

 

「それで話っていうのは?」

 

「それは艦長室で」

 

そう言ってグローバル艦長は、クルッと向きを変えて引き返し始めた。早瀬も急いでそれについていく。

 

二人が艦長室につくと、応接セットの椅子に座っているカイフンが、手にトレイを持っているシャミー・ミリオム少尉と談笑していた。カイフンの前には紙コップに入ったコーヒーが置いてある。

 

今日の艦長付き兼当直兵はシャミー・ミリオム少尉のようだった。そのためカイフンの対応をしていたのだろう。

 

艦長室に入ってきた二人を見かけると、シャミー・ミリオム少尉はペコリとカイフンに頭を下げ退室した。なぜか彼女はニコニコしていた。

 

それはそうと、カイフンを見た早瀬は違和感を覚えた。

 

前に合ったときは怒りまくっていたのだが、今日は嫌に穏やかだ。

 

「艦長さん、待ってましたよ、僕の企画の続きを聞いてくださいよ」

 

企画? なんのことだろう。早瀬はいぶかしがったが、とにかく艦長から話をしてもらわないことには内容はわからないようだったので、カイフンの対面にある椅子に艦長とともに座った。

 

待ちかねたというように、カイフンが堰を切ったように話しだした。

 

「どこまで話しましたっけ」

 

「ミンメイさんが制服を着てポスター用の写真を取ったところまでです」

 

いくらか憮然とした様子でグローバル艦長は答えた。

 

「そうそう、それでね僕は軍服女子というものの良さに気づいたんですよ」

 

軍服女子? なんだろうそれは? 一向に理解できない早瀬を尻目にカイフンは喋り続ける。

 

「そこでね今度は逆をいってみようと」

 

「逆ね」

 

若干突き放したような口調でグローバル艦長が合いの手を入れる。

 

「艦長!! いいアイディアだと思うんですよ、軍としてもいい話じゃないですか?」

 

ぐっと身を乗り出してカイフンは力説した。

 

「艦長、一体何の話ですか?」

 

早瀬はたまらず聞いた、何を言いたいのだろうかこの男は。

 

「それは……」

 

と言いかけた艦長は、珍しく言いよどんでいる。果たして自分がこんなことを言ってよいのかどうか逡巡しているようでもあった。

 

「艦長さんが言えないんだったら、僕が言いますよ」

 

ここでカイフンは早瀬を見てニッと笑い、言い続けた。

 

「軍服を着たマクロスの女の子の兵隊さんにアイドルになってもらうんですよ」

 

ここで早瀬は一瞬「はっ?」という感じになったが、その直後、条件反射のように一条のときと同じようにまたカッとなって叫んでしまった。

 

「なんでわたしたちが歌ったり踊ったりしなきゃいけないんですか!?」

 

この発言に対してカイフンは、えっという表情をした。早瀬は今度は艦長の顔をみるとやはり驚いた様子である。

 

「あはははは」

 

カイフン今度は本当におかしそうに笑いだした。

 

「なにがおかしいんです」

 

問い詰めるように早瀬はカイフンに聞いた。

 

冗談じゃない、そんなことをするために自分は軍に入ったわけではない。

 

「これは失礼、僕はあなたにデビューしてもらうつもりはないですよ」

 

ここで自分の発言の間違いに気づき、早瀬はあっと声を出しそうになった。

 

しまった「女の子」の中に自分を入れてしまった。

 

ここに来て、さきほどのシャミー・ミリオム少尉の笑顔の理由がわかった。カイフンは彼女にこの事を話したのだ。つまり彼の求めているアイドルは若い子なのだ。自分は含まれていない。

 

おそらく自分は「恥ずかしい」やら「悲しい」やら「悔しい」やらさぞ不思議な顔をしているのだろうと早瀬は思った。

 

ここでカイフンはまた表情を変えた。何やら考えているようである。

 

「早瀬さん、でしたっけ、あなたの名前」

 

カイフンは馴れ馴れしくそう話しかけた。

 

「そうですけど」

 

憮然とした態度でそっけなく早瀬は答えた。もうこの場から早く立ち去りたい、そう思い始めていた。そんな早瀬の気持ちを知ってか知らずか、真面目にカイフンは話しだした。

 

「あなた見た目は地味だけど、声はいいよね。トレーニングしたらいい歌、歌えるんじゃないのかな」

 

今度は早瀬があっけにとられる番だった。

 

何を言い出すんだこの男は…… わたしが歌う?

 

「艦長、どうですか!! 彼女のデビューを認めてください」

 

カイフンは艦長に頭を下げた。

 

「待ってくれ、カイフンくん、わたしが早瀬大尉を読んだのはそういうことをするためじゃない、女性兵たちの代表として意見を聞くためだ」

 

艦長は焦ったように言った。

 

早瀬は艦長が自分をここに呼び入れた理由をようやく理解した。

 

艦長としては女性兵たちをアイドルにするという企画に対し、ゴーサインを出すか拒否するかはまずは女性たちに話を聞きたいと考えたに違いない。

 

ただし、マクロスの女性兵全員に聞くわけにもいかない。だから女性士官の一人である早瀬にそのことを問い尋ねようとしたのだ。

 

「わたしは嫌です! そんなの!!」

 

早瀬は言い切るように話した。

 

カイフンは早瀬の心を見透かしたように言った。

 

「あなたさっき自分でアイドルになる前提で話してたじゃないですか」

 

「それは言葉の綾というものです」

 

早瀬の気持ちは変わらなかった。

 

だが艦長は早瀬がさらに驚くような提案をしてきた。

 

「早瀬大尉、そう言わずにカイフンくんの話ぐらいは聞いてやってくれてはどうかな」

 

「なに言ってるんですか艦長、こんな話お断りになってください」

 

どうして艦長がカイフンの肩を持つのか、早瀬には理解できなかった。

 

「早瀬大尉、カイフンくんは今回の企画を通してもらえれば、一条少尉のことは水に流すといってくれているんだ」

 

早瀬の意識は、数日前に戻った。

 

カイフンが艦長室に怒鳴り込んできたときのことだ。カイフンが言うには一条少尉との件で音楽会社やテレビ局のスポンサーから高額の違約金を求められているというのだ。

 

たしかにアイドルにとって色恋沙汰はイメージダウンになるし、そんな人気のなくなりかけたアイドルに金は出せないだろう。CMも取りやめになるだろう。

 

そこでカイフンは軍に損害賠償を求めてきたのだ。

 

艦長は、今後のことは艦隊付きの法務官と話をするように取り決めたのだが、あれはどうなったのだろうか? 早瀬は疑問に思った。

 

「カイフンさん、うちの法務官とお話になりましたか?」

 

「いや、話していない」

 

「なぜです」

 

「手っ取り早く金になりそうもないから」

 

どうしようもない理由をカイフンは早瀬に語った。

 

「で、僕は思ったんですよ、新たなアイドルを作ってミンメイの穴埋めをさせようと」

 

「その穴埋めをマクロスの軍がするんですか?」

 

早瀬は呆れたように言った。

 

「そうですよ、いけませんか? だいたいその理由はあなたがた軍の、一条とかいうパイロットにあるんじゃないですか?」

 

そう言われると早瀬も口を閉ざすしかない。

 

「早瀬大尉」

 

諭すように艦長が話しだした。

 

「わたしは今回のことで君の経歴に傷がつくことを心配している、そしてお父さんの立場も」

 

「そんなことは……」

 

ない、と言いたかったが早瀬は考えてみた。

 

確かに、指揮下にあった隊員の行動によって損害が生じたとなれば、その責任を軍としてはとらねばならない。

 

査問会が開かれるということになれば早瀬の進退に影響する。それがひいては偉大な父親にも影響するかもしれない、ということはあり得た。

 

ある程度才能があり経歴もあるならば、その後はなにで評価されるか? 

 

成功ではなくどんな失敗をしたかということが問題視される。

 

今回の件は明らかに失敗だ。

 

早瀬はぐっと唇をかんだ。

 

その様子をみてカイフンは勝ち誇ったように言った。

 

「それじゃ、決まりですね。後日デモテープを持ってボイストレーニングの先生と一緒にまた来ます」

 

そう言ってカイフンは残ったコーヒーを飲み干し、忙しそうに艦長室を勢いよく出ていった。

 

「艦長…… わたし…… 歌うんですか?」

 

若干涙目になった早瀬が、虚ろな目で紙コップを見ながら聞いた。

 

「まあ、何だ、よく言うだろ、こういうときは笑うんだよ、ワハハハ」

 

乾いた笑いを続けながら、艦長は席を立ち部屋から出ていった。

 

笑うか…… 笑うしかないか…… この状況。

 

あは…… あははは……

 

そんなとき早瀬は視線を感じた。開いたドアの間からシャミー・ミリオム少尉の顔が見えた。

 

シャミー・ミリオム少尉が無邪気な笑顔で早瀬に尋ねた。

 

「艦長が笑いながら外に行っちゃんたんですけど、どうしたんですか? なんで大尉まで笑ってるんですか?」

 

「こっちが聞きたいわよ!!」

 

テーブルの上に残った紙コップを握りつぶしながら、鬼のような形相で早瀬は叫んだ。

 

それから数ヶ月、早瀬はボイストレーニングを続けレコーディングに臨んだ。

 

お披露目は毎年一回開かれるマクロス軍地区公開日。軍楽隊をバックに歌うのだ。ヴァネッサ・レイアード少尉、キム・キャビロフ少尉、そしてシャミー・ミリオム少尉の3人娘も同じ日に別の歌を披露する予定だ。

 

残念ながら、敵勢力との交戦が激しくなり軍地区公開日は取りやめになった。同時に歌の公開もなしになった。それどころではないのだ。

 

それでも早瀬未沙大尉の歌声はレコーディング時に記録されたCDに残されていた。しかし、ミンメイの華々しさに隠れて、忘れ去られた。

 

覚えているのは一部のコアなマクロスファンだけである。