ドキュメント・わたしの労災請求
「目が痛い」ムスカ大佐ではないがそう思った。
金属加工を生業としているので珍しくない。作業中細かい金属片が飛び散ってそれが目に入るのだ。
これの非常に厄介なところが破片が「尖って」いて「刺さりやすい」。つまり自然に取れるということがなかなかないのだ。
おまけに鉄片だと「錆びてしまい」それが刺さっている周辺の目の部分にまで移ってしまう。だからそのままにしておいてもよくならない。
そうなる前に眼科に行かなければならない。
というわけで眼科に出向く。
行き付けの眼科はできたばかりで、会計もしばらくは馴れていないようであった。以前であれば治療のあと何の問題もなく会計を済ませて終わりであったが、今回は違った。
会計の人に「どうもこれは労災のようだ」「今回ははっきりしないので健保にするが次回からは明確にしてから病院に来るように」と指摘された。
そういえば労災では健保を使えないとか聞いていたなぁ……
指摘されては捨て置けない。
後日、会社の上司に書面で「これこれこういうわけで次の治療は労災(扱い)にする」と伝えた。そうしたところしばらくして上司から「勝手に労災(扱い)にしては会社としては困るらしい」と言われてしまった。
ことがだんだん大きくなって、別の施設に席がある総務担当者がやってきて、やはり「(あなたの立場で)労災にはできない」といわれる。事務のお姉さんにも「そういうときはまず会社に言ってね」と念押しされてしまった(ただ、これは手続き上もそうしたほうがよかったのは後で知った)。
いや、まだ病院には労災云々は言ってないんですけど……
なぜか説教モードになってしまって、暗に「労災やめて」コールが湧きあがったが、なにせ鉄片除去の手術は二度目であり(目を削るので結構痛い)、治療費も少額ではない。このまま引っ込むわけにいかない。「次の通院(つまり今回の治療の2回目)ではこの件は労災と言いますので(なおこの「労災」という表現にわたしとしてはこのとき誤解があったが後述)」と言い切って事務所を後にした。総務担当者は不満げであったが……
さて次の通院で眼科の受付に「この件での治療は労災である」と告げた。ネットで得た付け焼刃の情報で「労災は無料」と勝手に思い込んでいたので、それで話はあっという間に終わりかと思えば、なんと「労災にするためには書類が必要だ」と言われてしまった。それを持ってくるまでは「10割負担」で治療費を払わなければならないとのこと。
ここでわたしは慌ててしまった。ほとんど手持ちがないからだ。聞けば前回の治療(というか鉄片除去の手術)の治療費は約1万(これも10割負担)だという。そういや健保扱いにして4千円ぐらいだったものな……
とにかく「ない袖は振れない」ので会計の人と相談の結果「前回の治療費は保留」にしてもらい(このとき会計の人はかなり対処に苦慮していた、申し訳ない……)、今回の治療費3千円だけを支払った。
問題はそれだけにはとどまらなかった。この治療には目薬が必要であった。前回も院外薬局ですでに健保扱いで目薬を出してもらっていた。労災扱い保留の今回の治療でも目薬の処方箋が出ている。これもいくらになるか見当もつかないので(病院の人もわからなかった)病院側が薬局に電話で大体の目薬代を聞いてくれた。それは千円ぐらいだという。これは払えそうだがやはり問題は前回処方された目薬代である。これは薬局で聞かないとわからないそうで、眼科の会計を済めせてそそくさと薬局に向かった。
薬局につくと話は伝わっていて今回の目薬代と前回の目薬代もすでに算出されていた。これも眼科の場合と同じく「前回目薬代労災扱い留保・今回10割負担」支払いとした。
家に着いたらさっそく病院で言われた「書類」について調べた。
そうするとすぐにそれは分かった。
「療養補償給付たる療養の給付請求書」、通称「様式第5号」である。何回療養っていうんだよ。
それはどこで手に入るのか。労災を扱う労基署にある。行ってる暇ない。
だとすればネットで手に入れる。
上記のサイトでダウンロードして、自分で印刷すればいい(ただし、本用紙はOCR読み取りをおこなうため印刷がずれるとだめらしい。印刷の設定を適正に行う必要がある)。
あとこれは完全な余談であるが、わたしの場合は普通のコピー用紙だとおそらく薄すぎると思って、すでに購入済みの若干厚めの「スーパー共用紙」なるものを使用した。それでもコピーしたときに裏映り(「様式第5号」は両面印刷前提)してしまった。もうちょっと厚手のコシのあるもののほうがよいかもしれない。
別件でB4のコクヨの下のシリーズを使ったが、なかなか良かった。
コクヨ インクジェットプリンタ用紙 両面印刷用 A4 100枚 KJ-M26A4-100
わたしの場合は字がものすごい下手なので、このPDFファイルデータ上にテキストを追記することにした。
それにはPDF-XChangeViewer(現PDF-XChangeViewer editor)を使用した。PDFファイルを直接編集はできない(そもそものPDFデータは改ざんできない)が、レイヤーのようにテキストを上乗せできるので、それを活用する。
それでできたのが以下のモザイクだらけの画像である。
自分で記入できるものはできるだけ記入(というかテキスト入力)して「書類作成」においては会社の負担にならないようにした。いわゆる「事業主の証明」欄と「労働保険番号(これは個人では多分労基か会社に聞かないとわからない)」だけ空欄にしたものを、会社の事務のお姉さんに「病院から出してくれと言われた書類を持ってきました」とだけ言ってわたした(わたしのように病院だけではなく院外薬局も利用するときは「様式第5号」は2通必要である、薬局にも提出しなければならないからだ)。
さらに付け加えれば「(21)傷病の部位及び状態」も空欄にする。正確にそれを書けるのは病院だけであるからだ。
一番最後の「請求人の氏名」は印刷ではなく「署名」を行う。これが本人による書類であることの証明となる。
ここで「労災の手続きって会社がやってくれるんじゃ?」と思ったあなた!! その会社はとても良い会社です。実は労災の被害にあった人が関連書類を作成し、会社はその助力をする、というのが正規のやり方らしいです。
ここで心配なことがあった。会社が書類作成に協力してくれないのではないかという点である。
わたしも誤解していたのであるが「様式第5号」の「事業主の証明」の欄に会社が署名捺印することは「会社が労災発生であると言っている」ことと同義ではないということだ。
「様式第5号」の「事業主の証明」の欄の上のほうにこう小さく書かれている。
「⑫の者(つまり労災請求者、端的に言うとけが人)については、⑩、⑰及び⑲(事故の日時その状況)に記載したとおりであることを証明します。」
単に「事業主(つまり会社)としては、そういう事故が確かにあったことは認めるが、それは会社に責任のある労災かどうかはわかんないっす」ということを示しているに過ぎない。
事故が労災かどうかを決めるのは「労基署」なのである。
事故にあった者だとか会社が「労災である、あるいは労災でない」ということを決める、あるいは決められるわけではない(ただし、会社の業務に伴う「精神疾患・心疾患」の場合はこの「事業主の証明」が決め手になってしまうことがあるらしいのでそこには注意が必要であろう)。
その意味では会社が「この事故を労災だとは病院に言わないでほしい」というのは、手続き上おかしい。
そうはいっても「会社で事故発生」というのは、会社の体面としてはあまり都合がよくない。しかもそれが労基署に書類として送られてしまうというでは及び腰になる気持ちはわからないでもない。
だから、事故にあった従業員が「様式第5号」を(会社に)作成してください、とか「事業主の証明」にサインしてください、と言っても聞き入れてくれない会社もあるだろう。
そうすると空欄のある「様式第5号」ができてしまう。つまり未完成の請求書(ちなみに様式第5号は申請書、ではなくで請求書、当然に要求できる種類のものなのである)である。
役所的には当然そんな書類を受け付けるわけにはいかない。
しかしそれでは早急しかも継続的に治療が必要なけが人が「手当てを受けられない」ことにもなりかねない。
なので実務的には「事業主の証明」が空欄でも請求を受け付けてもらえる。そのときは「理由書」を添付する。「会社に書類を提出したが、証明をもらえなかった」とすればよいらしい。詳しくは管轄の労基署に聞こう(管轄はその会社がある労基署)。
わたしはその理由書もすでに作成していた。
幸いというべきか当然というべきか、わたしの場合は「理由書」を使う必要はなく、「事業主の証明」に記載捺印された「様式第5号」を事務所のお姉さんに返却してもらえた。
これで大手を振って病院に行ける。
はてさてこの、お手製ともいえる「様式第5号」は病院に受け付けてもらえるのだろうか?
万全を期すのであればこの書類を労基署に見せるべきであろう。だが時間がなかったわたしは、そのまま病院に出すことにした。
さて3度目の通院。眼科の受付に「労災の書類です」とだけ言って診察券とともに「様式第5号」をとりだした。
内容を精査し漏れがないように何度も見直した、わたしの自信作である。そのときのわたしの顔は相当ドヤってると思った。
重要な書類(実際にそうであるが)であるかのように恭しく手渡す。
その後治療に入り、それが終わり会計の段となった。
なかなかわたしは呼ばれなかった。
実はそうなるだろうとは予測していた。ネットで調べたところ「健保を労災扱いに途中で変更する」というのが結構手間であるということが分かったからである。
健保として受付計算したのを、今度は労災としてまた計算しなおして請求しなければならないからだ。さすがに専門外のわたしにはその詳細までは分からないが、最初は健保として3割負担で支払い、2度目は労災として計算してその額を支払い、3度目は正式な労災請求書をもってこれまでわたしが病院に支払った額を返金しなければならないからだ(その意味では労災は無料というのは間違っていない)。
30分ぐらい待っただろうか、ようやく会計から呼び出された。病院として労災扱いとして会計することの決定とこれまで支払ってきた治療費の返還がなされた。
ちょっと心の中で小躍りした。
あとは院外薬局である。前回わざわざ病院から電話があった主であったことから、受付に顔を出したらすぐ「あ、あのときの……」となって、すぐに2通目の「様式第5号」の提出となった。
やはり通常より時間がかかったが、これまで支払った額の返金がなされた。
わたし個人としてできることはすべてやったのだが、ひとつ気になることがある。それについて上記では書かなかったことも含めて補足しておきたい。
まず病院には「労災病院及び労災指定病院」と「そうでない病院」の二種類がある。
労災かもしれないという状況の場合は前者に行くことのほうが手続き上は楽である。というのも前述の通り労災請求の書類(この場合は「様式第5号」)を病院に出せば、治療は無料になる。
しかし後者の病院では、治療費を全額(つまり10割)を一時支払って、その後の手続き(この場合は「療養補償給付たる療養費用請求書、通称様式第7号」を労基署に提出する)によって厚労省のほうから治療費が返還されるという形になる。
最終的にはお金は戻ってくるので、変わりはないといえば変わりはないのであるが労災が認められてからお金が戻ってくるのだから時間がかかる。
やはり労災らしいときは最初から「労災病院及び労災指定病院(以下、労災病院等)という」に行くほうがよい。
ただ、「腕が折れた!!」とか「指が飛んだ!!」とか緊急性があるときはそうも言っていられないので、そのときはどの病院でもすぐに治療を受けることに専念したほうがよい。
それでも落ち着いたら、労災病院等に転院したほうがやはり費用の面から考えるとよいだろう。
で、わたしの心配というのは「わたしの今回の怪我は労災になるのか?」という点である。
すでに述べた通り労災を決めるとは「労基署」である。つまり「様式第5号」を提出イコール労災認定というわけではない。
しかし実際には「様式第5号」を病院等に提出すれは即無料である。後になって「あれは労災じゃないよー」と労基署から言われてしまうことはないのだろうか?