逼迫した状況の軽自動車購入

わたしは焦っていた。

本来ならばとっくに入手しているはずの軽自動車。だが、予想外の展開で先が見えなかった。

2か月前。わたしは「友達の友達」の中古車販売業者に車両の手配を頼んだ。悪い奴ではないのだろうが、何せ報告が遅い。

手配を頼んでから1か月後になって初めて「無理だ」とメールで言ってきた。こちらも値段的に難しい車種の購入を頼んだものだからそれも無理もないと思った。

本来であればここで気づくべきであった。「友達の友達」が1か月全く連絡なしであるという異常さに。

そこでわたしはまたへまをしてしまった。この期に及んでまだ「友達の友達」に頼ろうと、新たな依頼を出してしまったのだ。

「もう時間がないから、普通車でも構わないからできるだけ安い車を頼む」

わたしの思いを知ってか知らずか、それから約10日後。

「自分には無理だ、ほかをあたってくれ」との無情な返信が来た。

(いや、わたしの知り合いで車を融通してくれそうなのはあなたしかいないんですけど……)

だが「無理」と言われてしまってはどうしようもない。

やむなく有象無象の「中古車市場」に飛び込むことになった。

中古車といっても、その状態は様々だ。これまでのユーザー、保管状況、走行距離、初度検査年月、外見、等々……

ただ一様に言えるのは「中古車はその状況を実際に自分の目で見てみないことには話にならない」ということだ。

特に外見は、写真だけでは判別がつかない物があり注意が必要だ。

だが近隣の中古車屋をしらみつぶしに回っている時間がない。

こうなると頼りになるのはネットでの中古車情報だ。

利用したのは「グーネット」と「カーセンサー」である。

ネットで調べると安くてそれなりによさそうなものはすぐ見つかった。

だが「それ」があるところは自分の住んでいるところからは遠くにあったりする。

それがどんなに大きな問題か分からなかったわたしは、気軽に見積もりと在庫確認を片っ端から行った(これはサイト上から簡単に行えるうえに無料)。

そうしたところ「ある中古車屋さん」から親切な返信をいただいた。

「この車は確かに6万円だが(あなたの住んでいるところへの)陸送費が6万かかる、そして中古車であるからその車の状況を確認していただけないとお売りできない」とのことであった。

もっともな話である。多額の金額を払って遠くへ陸送したものの「こんな状態だとは思わなかった」と言われて返品(というか返車?)するとかしないとかの話になったら面倒である。

こうなると網をかける範囲はおのずと狭められることになる。つまりこれは対象となる中古車数の減少にもつながるがやむを得ない。

あとから考えると逆にこれは良かったかもしれない。何せかなりの数の中古車屋さんへアプローチするということはそれだけ時間がかかるということだからだ。

時間短縮を狙ってネットを使ったところ、選択に時間がかかるようになってしまったら話がおかしくなってしまう。

強制的に的を絞ったところ、一社二車両に決めた。

連絡を取ろうと思ったらなんと定休日。しょっぱなから幸先が怪しくなってきた。だがもう後には引けない。一応ネット経由で見積もりと在庫確認を行って次の日まで待つことにした。

次の日の朝になっても返事はなかった。300キロほど離れているのでもう見切り発車することにした。

中古車の購入には「住民票」必要らしいので、役所に回り写しを発行してもらう。

その道すがら、中古車屋に電話してみたところ男性店員がでた。

「ネットに載っていた〇〇について確認したいんですが……」

超安い値段の車だったためすぐ話は通じた。幸いなことにまだ在庫しているようだ。だがここでまた問題が発生。全くこっちの都合なのであるが8月の第3週の終わりまでは車を入手していなければならないのだが、どう早く手続してもその日を超えてしまうということであった。

何度確認しても同じ答えしか返ってこない。もうこれは直接言って頼み込むしかない。電話を切ったわたしはオンボロ軽自動車に乗って長距離運転の旅に出た。オンボロすぎて高速には怖くて乗れないので下を通っていくしかない。

しかし帰省ラッシュである。2車線のバイパスであっても信号や合流点の手前になると渋滞している。気は焦るが車は遅々として進まない。

おまけに天候も悪く雨が降ったりやんだりしている。油膜がついているフロントガラスは見通しが悪く標識も見えずらい。

4時間予定の道筋を1時間30分オーバーしてようやく店に到着。

写真で見ると大型店のようであったが、実際はそうではなくてかなり小さかった。

展示場(?)で、店員と思しき男性が洗車していたので「ネットで見てきてみたんですけど……」と話しかける。

若干、怪訝そうにしている男性店員は、わたしが朝、電話で話した男性とは違うようであった。ただ中古車に関して「朝電話した」ということは伝わっていたらしく、目的の車についてはすぐ話が通じた…… 

が!! なんとその車はすでに売ることが決まっているという。しかも朝の電話で決まったそうである。ここでだんだん話がおかしなことになってきた。

男性店員が「××さんですか?」とわたしの聞いたことのない名前を言ってきた。どうやらわたしが欲しがっていた車は、あさイチの電話で××さんという人に売却が決まったそうなのである。しかしわたしが電話した10時ごろにはまだ売れていないということであったのだが……

さらに男性店員が「X県から来られたんですよね?」とも聞いてきた。購入を決めた××さんというのは、どうやらX県の人らしい。

実はわたしもX県のものであるが、あさイチで電話してきたという××さんとは名前が違う。

いまだに「実際、今朝わたしと電話して会話した男性店員」はだれかわからない。わたしも名前を聞かなかったし相手も名乗らなかった。

ここで2車両選択していたことを思い出した。

「それとは別のこの車もあるはずですよね!!」と、わたしは勇んで話し出したが……

男性店員は「いやネットにいまだしているのはさっき言った一台だけだ」という。

ここであらかじめ印刷しておいた欲しい車の検索結果をとり出した。ところがここでわたしは間違いに気づいてしまった。なんとその検索結果をよく見直してみると今来ている中古車屋さんとは別の店の在庫であった。

店舗情報の住所の欄を見てみると、この今来ている中古車屋さんと同じ県にはあるが、それは別のところにある店のものであった。

同じ条件で探していて、パソコンのモニタ上では2列続けて並んでいたので、わたしはてっきりその2つの車両が同じ中古車屋さんのものとばかり思っていた。だがそれは大きな勘違いであった。

途方に暮れていると、ここではなんだから…… ということで事務所で話をすることにした。今度は別の若い男性が対応してきた。

ここにきてようやく話がはっきりした。わたしの目的とした車は確かに、××さんに売れてしまっていた。そして偶然にも××さんもわたしも、朝、この中古車屋さんに電話して、そして同じX県に住んでいたということだ。全くの偶然が重なったということである。

いやー、話がはっきりしてよかったよかった…… わけない!!

わたしの新しい中古車はどうすんの? このままこのオンボロ車でまた長距離かえって「一から」やり直すのか?

時間は午後3時30分、時間切れが近づいてきた。もはや万事休す。そんなわたしに若い店員は一つの提案を出してきた。

「お客さんの乗ってきたのと同じ車(の中古車)はどうです? 昨日入庫したばっかりなんですが……」

同じ車かぁ…… 

正直、今の車は、入手したときから「がたがた」で安っぽく、自分の中ではあまりイメージがよくない。

「近くの駐車場にあるので、見てみませんか?」

どうやら若い店員はその車を早く売りたいらしい。

「X万円ですけど、全然走りますよ!!」

X万円…… わたしの目標としたものよりずいぶん安い。安いが…… そうなると相当オンボロではないのか?

とはいえ、わたしとしてもこのまますごすごと帰るわけにはいかない。

もしかしたら車を見ている間に妙案がわくかもしれない。

そんなことを考えながら、若い店員の案内で店からちょっと離れた狭い駐車場に徒歩で移動した。色違いであるが、うんまああれだ。わたしの乗ってきたガタガタと同じ車である。が、大きく違ったのは、わたしのは「軽貨物」、今見ているのは「軽乗用」であるという点だ。

小雨が降る中、わたしが見つめるその車はあんまりさえないものだった。

だが若い店員が車のエンジンをかけた時、少し考えが変わった。

(エンジンの音にむらがない……)

「使い古され手入れがなされていない車」のエンジンには特徴がある。エンジンのタイミングを制御する機械が壊れているのか、はたまた物理的にエンジンが壊れているのかはわからないが、壊れかけのエンジンの音にはムラがある。

早くなったかと思えば遅くなったりまた早くなったりを繰り返すのである。そして摩耗しているのか排気にガソリン臭がする。

今見ている車にはそれがない。一定の速度を保ってエンジンが稼働している。

「灯火も問題ありませんよ、売るからにはちゃんとしています」と若い店員は言う。

これまた、古い車というものはバッテリーも弱っていて、ヘッドランプの光量も不安定である。エンジンを回せは明るくなって、そうでなければすぐ暗くなる。もちろんこれはバッテリーを積み替えれば解決するだろうが、最初からバッテリーがへたってないものがよい。

「エンジンを見せてもらえますか?」少し興味がわいた私は若い店員に声をかけた。

「いいっすよ」

放置系の車はエンジンルームにちりが入り込んですすけている。

ボンネットを開けてみると、それは意外ときれいだった。

でも気になることがまだあった。わたしの頭の中では、とにかく手に入れた車に乗って「今日」自宅に帰るということになっている。いや、そうでないと困る。

「この車ナンバーついてないですよね」

車の前に回ったわたしは、前についている「オンセール」と書かれているナンバープレートを見てそう言った。ナンバーがついていないということは、すぐには走れないということだ。この車じゃだめだ…… 

そう諦めかけた。

「いや、ついてますよ!!」店員は力強くいった。

すでにつけられている本物のナンバープレートを隠すために、その前に「オンセール」のプレートをかぶせていただけらしかった。

これはもしかしたらいけるかもしれない…… いやもうここまで来たのだからこれにしちゃおう!!

わたしは決断した。

「これを買います」

「ありがとうございます、では事務所に戻りましょう」

あとは早かった。

若い店員は、事務所で手早く「車両注文書」をまとめて、わたしは提示された額をキャッシュで支払った。

問題は車の名義である。実は朝の電話で謎の店員から「名義変更は自社で行い、それが終わってから車の引き渡しになる」と言っていたからだ。自分がそれをやるからと言っても、それは認めてもらえなかった。でもそれでは購入した車を持って帰れない。

しかし、事務所で聞いた話は違っていた。

「お客さんが自分のところで手続してもらえばいいから、持ってきた車をおいて、新しい(と言っても中古車だが)車は持って帰ってもらっていいですよ」という。

いったい朝話していた内容は何だったのだろう?

いずれにしても、わたしとしてはガタガタの今まで乗ってきた車の処分にも頭を悩ませていたので、これ幸いと話に乗った。

若い店員は「車両注文書」の写しをわたしに手渡しながら、「名義変更は簡単ですから」という。

ところがここでいきなり物陰から「店長」が登場して、わたしが不安になるようなことを言い出した。

店長いわく「名義変更は難しいから、行政書士にお願いしたほうがよい」

話が違うなぁ…… 

でもここで口論してもしょうがないので「(難しかったら)先生に頼みます」という感じで話を終えた。

ただ、名義変更に必要な一部の書類が準備できないらしく、それは後で送るとのことだった。どちらにしても今日はもう時間が遅いので手続きできない。

今受け取れる書類を手にして、キーを受けとり事務所を後にした。今購入したばかりの中古車が事務所脇に置いてあった。若い店員がいつのまに別のところにあった車をこちらに持ってきたようだった。

わたしは早速新しい中古車に乗り込んだ。

前のユーザーはどんな使い方をしていたのかわからないが、謎の悪臭が鼻を突いた。おそらくたばこ臭なのだろうが、それをミントで無理やり抑えた感じである。

しかしそれを除けは前の車より状況ははるかによかった。さすが「軽乗用」である。

軽貨物だとドアを閉めるときは「バシャン!」であったが、これは「ドム!」という感じである。

窓も以前は人力であったが今度はパワーウインドウである。一気に近代化である。そして椅子もなかなか座り心地がいい。前はビニール張りのパツパツの奴だったからなぁ……

純正であろう「CD付きラジオ」もある。前のものには一応同じようなものがついていたが、夏の暑さにやられたか、一度音量を大きくするボタンを押したら、そのままどんどんと勝手に音が大きくなり最大になったところで「プツン」と音が切れてそのまま壊れてしまった。もっとも片方のスピーカーが壊れていたのもあっていまいちオーディオの恩恵にあずかれなかったが。

長時間運転して音楽がないというのはつらいものがある。今まではスマートフォンで無理に音楽を聴いていたが、これからはそれも必要なくなる。

地味にうれしい。

そして最も違うのは5MTであったのがATに変わったことである。

軽のATなんて……

と思っていたが、どうしてどうしてなかなかいい走りをしてくれる。もちろんMTばりのダッシュは期待できないが、アクセルを適切に踏み込めばそれなりの加速を得られる。

軽貨物と比べると軽乗用はその車体の作りが大きく異なっている。その点の一つがピラーの強化である。

軽貨物の場合は申し訳程度の広さしかなく、天井を何かに引っ掛けたら全部持っていかれそうであったが、軽乗用になるとその点は強化されているらしく、がっちりとしたものとなっている。乗用車と比べればはるかに弱いだろうが、それでも新しくついている運転席・助手席のエアバックの効果を考慮すれば、以前の軽貨物よりは生存率が高まっている。そのため重量増となっているが、なんとなくどっしりとした走りになった感じがして安心感が高まったのは意外であった。

渋滞がないせいかはたまたエンジンがよいのか、行きと違って帰りは楽であった。もちろん帰りの運転時間が短かくトラブルがなかったこともあろう(3時間50分)。

値段が値段だけにまだ油断できないが、今のところ大きな不具合もない。短い期間内に車を所有するという目的は、とにかく達成された。

残された課題は「名義変更」である。